BOØWYとC-C-Bの意外な関係1/3

BOØWYとC-C-B、つながりを語る【ミュージシャン畑の中で】1of3

(この記事は、僕のYouTubeトークの文字起こしです)

>>BOØWYとC-C-Bの意外な関係2/3
>>BOØWYとC-C-Bの意外な関係3/3

 

天野です。今回から3回に分けて、「BOØWYとC-C-Bの意外な関係」について語ります。

BOØWYとC-C-B。僕はどちらも好きです。なので、それぞれのファンに、それぞれのバンドを好きになってほしい、という願いを込めて語りますね。

 

BOØWYとC-C-Bの意外な関係。1つ目は・・・

 

まず1つ目の「意外な関係」は、「デビュー時期とブレイクした時期がほとんど同じ」ということです。デビューはC-C-Bは1983年、BOØWYは1982年です。そして、ブレイクした年はどちらも1985年です。

C-C-Bは、3枚目のシングル「Romanticが止まらない」が「毎度おさわがせします」というドラマの主題歌になり、ブレイクしました。BOØWYは、3枚目のアルバム「BOØWY」でブレイクしました。

なので、デビュー時期とブレイク時期が重なる、と。これが「意外な関係」です。え?そんなに意外じゃない?まあまあ、そう言わずに、この先も読み進めてみてください。他にも「意外な関係」がありますよ。

 

BOØWYとC-C-Bの意外な関係。2つ目は・・・

 

さて、2つ目の「意外な関係」についてです。
これについては、ちょっとややこしい「関係」なので、ちょっと、注意して読んでくださいね(汗

その関係に触れるにあたって、まずはBOØWYの高橋まことさんが経験した「とある出来事」をご紹介しなければなりません。「とある出来事」とは・・・

BOØWYの高橋まことさんが、BOØWYに入る前に経験した、とてもショッキングな出来事です。それは、「HERO」というバンドをクビになったことです。なぜ高橋さんがショックを受けたか、というと、このバンドは高橋まことさんが中心メンバーだったからです。

バンド「HERO」はもともと、プロとして活躍していた「安全バンド」の長沢ヒロさんが、盟友である高橋まことさんを誘ったことで始まりました。で、二人で少しずつメンバーを集めて作り上げていったわけです。にもかかわらず、後で入ったメンバーが高橋さんのドラムスタイルに不満をもらして、それが原因で高橋さんはクビになってしまったんですね。

しかも、バンド「HERO」はデビューが決まっていて、レコーディングまで済ませた後というタイミングだったので、高橋さんにとってはますますショックだったのです。盟友の長沢ヒロさんにしても、高橋さんを気持ちよくクビにしたわけではありません。苦渋の決断だったそうです。

高橋まことさんはポジティブ思考の人ですが、このときは、さすがに珍しく落ち込んだそうです。

・・・で、ここで話を戻します。BOØWYとC-C-Bとの関係です。

実は、このバンド「HERO」に高橋まことさんの後釜として入ったのが、伊藤真視(いとうまさみ)という人なんです。で、この人は、C-C-Bのドラマーの笠浩二(りゅうこうじ)さんと中学が同じです。しかも、笠浩二さんは、中学時代、まさにこの伊藤真視さんのドラムプレイに憧れてドラムを始めたのです。

というわけで、少々、無理くりですが・・・ここでBOØWYとC-C-Bがつながりました。まあ、親戚の親戚の親戚、という感じですが(;^_^A

 

ここで、ちょっとだけC-C-Bの話

 

ここで、ちょっとだけC-C-Bの話題に移ってみます。

C-C-Bがどういう経緯でできたか、というと・・・

1977年に、ベースの渡辺英樹さんと、ドラムの伊藤真視さんが一緒にアマチュアバンドを組みました。次に、伊藤真視さんの紹介で、田口智治さんがキーボードとして加入しました。そのしばらく後、伊藤真視さんが辞めることになり、中学時代の後輩の笠浩二さんをかわりのドラマーとして連れてきた、というわけです。

その後、プロデューサーの上野義美さんがプロデュースを担当することになり、名前を「ココナッツ・ボーイズ」とし、C-C-Bの前身バンドができたんですね。ちなみにその時期にギターの関口誠人さんも加入しています。

 

BOØWYとC-C-Bの意外な関係。3つ目は・・・

 

さて、話は戻って・・・

ここで、BOØWYとC-C-Bの「意外な関係」の3つ目が出てきます。それは・・・C-C-Bのプロデューサーの上野義美さんです。

上野義美さんは、バンド「BOW WOW」の仕掛け人として知られています。BOW WOWは、後に海外でも成功することになるハードロックバンドですよね。

で、そのBOW WOWが、群馬の高崎でライブをしたことがありました。そして、そのライブを見に来たのが、当時高校生だった布袋寅泰さんです。

とはいっても、布袋さんは実はBOW WOWのライブを見たかったのではありません。布袋さんが見に行ったのは、エアロスミスのライブです。で、そのライブに前座として出ていたのが、BOW WOWだったんです。

で、こともあろうか、布袋さんは、BOW WOWが出てきたとき、「俺はBOW WOWを見に来たんじゃない。引っ込め~」とヤジを飛ばしました。そして、その時、一緒になってヤジっていた人がいました。

それが、小林径さんという、布袋さんの高校の先輩です。布袋さんと小林さんは、お互いに顔は知っていたようですが、話したことはありませんでした。しかし、一緒にヤジったことがきっかけで、仲良くなりました。

で、実は今の布袋さんの音楽スタイルはこの小林径さんにかなり影響を受けているのです。小林径さんが、布袋さんにセンスあふれる音楽をたくさん、紹介したんですね。事実、布袋さんも、「今の俺のスタイルは、小林径さんにかなり影響を受けている」とご自身の著書「秘密」で述べています。

さて・・・あなたは、気づきましたか?ここでBOØWYとC-C-Bが見事につながりましたね!

つまりは、C-C-Bのプロデューサーは上野義美さんです。で、その上野さんは、布袋さんがBOØWYにつながる音楽スタイルを作るきっかけとなった小林径さんを引き合わせたバンド「BOW WOW」の仕掛け人というわけですからね!

え???ちょっと無理やりすぎる???

まあまあ。そう言わずに。考えようによっては、面白い「つながり」だと思いませんか?

次の記事に続きます!)

 

BOØWYとC-C-Bの意外な関係2/3
BOØWYとC-C-Bの意外な関係3/3