BOØWYとC-C-Bの意外な関係2/3

BOØWYとC-C-B、つながりを語る【経歴を捨て、アイドルという実を取ったバンド】2of3

(この記事は、僕のYouTubeトークの文字起こしです)

 

>>BOØWYとC-C-Bの意外な関係1/3
>>BOØWYとC-C-Bの意外な関係3/3

さて、前回の記事の続きです。

前回は、BOØWYとC-C-Bには意外なつながりがある、という内容でした。

で、今回は、BOØWYとC-C-Bを比較して、それぞれの特徴を論評していきます。

BOØWYは、「どこにも属さない音楽」を目指した

 

バンドというものは、ただ組めばいいというものではありません。そこには、必ず「戦略」があります。では、BOØWYの場合はどうだったのか、見ていきましょう。

BOØWYには、「どこにも属さない音楽を作っていく。それこそがロックだ」という根本思想があります。なので、バンド運営も、全てその思想に基づいて計画されています。

なぜ「どこにも属さない音楽をやる」とあえて目標として掲げる必要があったか。それは、当時の日本のロックは、「海外のロックの日本版」ばかりだったからです。実際、音楽評論家たちも、海外のバンドにイメージが近ければ近いほど、そのバンドを高く評価しました。

そこには、日本人特有の「舶来モノをありがたがる」という風潮も影響しています。国産などたいしたことはない、と。そのように思われていました。だからこそ、日本のロックも、海外のバンドの真似をすることがカッコいい、と思われていたのです。

しかし、そんな風潮に「待った」をかけたのが、まさにBOØWYだった、というわけです。自分たちは海外の真似ではない、独自のものを目指すんだ、という信念を持っていました。特に、布袋さんがその思いを強く持っていたようです。

というのも、BOØWYの真ん中の文字「Ø」は、「空集合(どこにも属さない)」といういう意味です。布袋さんは、著書「秘密」で、この文字でBOØWYのバンドのコンセプトを表現した、と述べています。

しかし、このようなBOØWYのバンドの方針は、「ライブハウスから嫌われる」という結果をもたらしました。なぜならば、どこにも属さない音楽なので、他のバンドとの対バンが組みにくいからです。それでも、紆余曲折を経て、BOØWYはライブハウスを満員にし、大きな存在になっていきました。

 

一方、C-C-Bは、「アイドルバンド」という方向を目指した

 

一方、C-C-Bは、「アイドルバンド」という方針で進んでいきました。これは、「どこにも属さない」どころか、芸能の世界のど真ん中にどっぷりと浸かることを意味します。C-C-Bは、実力派バンドであったにもかかわらず、そのような道を選択したのです。

キーボードの田口智治さんはジャニーズタレントのバックバンドとして活躍していましたし、ギターの米川秀之さんはギタースクールを飛び級で卒業した優等生です。そして渡辺英樹さんはアマチュア時代からプロと交流があった実力者、ドラムの笠浩二さんは、コンテストで入賞経験もある確かな実力の持ち主です。

もっとも、サイドギターの関口誠人さんだけは、後に「俺はエアギターだった」とカミングアウトしたことからもわかるとおり、あまり実力は高くはありませんでした。それは、ファンも薄々気づいてはいましたが・・・

とはいえ、それはあくまで「エレキギター」の実力がなかった、というだけで、楽器はサックス、ピアノ、アコースティックギターをこなせますし、後に小説を執筆するほどの芸術の素養のある人です。

つまりは、全員が高い音楽性の持ち主だったのです。にもかかわらず、C-C-Bは「アイドル」として売り出すという選択をしたのです。その理由は、「名前を売っていくため」です。まずは名前を売り、有名になってから自分たちのやりたい方向へ進もう、というわけですね。

ただ、C-C-Bは、結局は最後までアイドルバンドとしてのイメージが続きましたね。

C-C-Bは、アイドルとして分かりやすい音楽をやっていたので、最初の売り出し時点での爆発はすごかったものの、その後は少しずつしぼんでいきました。一方で、BOØWYは、「どこにも属さない」音楽を追求したので、最初は理解されずに苦労したものの、最後は大きな存在となりました。

両者の違いを見比べてみると、自分の人生にも生かせることがたくさん、ありますね。

次の記事に続きます!)

 

BOØWYとC-C-Bの意外な関係1/3
BOØWYとC-C-Bの意外な関係3/3