BOØWYの解散理由を考察 2/2

BOØWY解散理由 まとめ【BOOWY解散に最後まで反対していたメンバーが陥落した瞬間は?】

 

~~(この記事は、僕のYouTubeトークの文字起こしです)

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さて、前回の記事の続きです。

BOØWYが解散した根本的原因のひとつ目。「お客さんが増えたこと」について説明しますね。

これは布袋さんがインタビューで語っています。僕の記憶する限りでは、BOØWYのオフィシャルバンドスコアに載ってたインタビューで語っていましたね。

布袋さん「最近お客さんが増えてきてなんとなくギターオタクみたいな人がお客さんの中に混じってきた。俺のギターを弾いてる時、指ばっかり見てる奴がいる。もっとライブを楽しんでほしいのに」

と。

また、高橋まことさんの著書「スネア」にも、お客さんが増えるにしたがっておかしくなっていったことが書いてあります。このようなことが書いてありました。

でも、これで自分たちが人気・実力ともに音楽シーンの頂点に立ったという想いはこれっぽっちもなかった。
当の4人には、ファンからは決してうかがい知れない心の葛藤があったのだ――。

さらに言えば、氷室と布袋の心中には、俺は松井には判らない葛藤も
あったと思う。

たとえば、布袋が一生懸命ギター・ソロを弾いているのに氷室しか見ようとしないお客さん、氷室が全身全霊で心を込めて歌ってる
のに全く違った受け止め方をするお客さん……。

「BOØWYってそういうものだったっけ?」

という迷いが絶えず頭の中を駆け巡っていた。それは、同年11月から始まった全国ツアー「BOØWY ROCK’N ROLL CIRCUS」の頃からあった。

と。

(高橋まこと「スネア」から引用)

また、布袋さんが42歳のときのテレビインタビューでも同じようなことを布袋さん自身が語っています。

つまり、お客さんが増えるにしたがって、自分たちがアイドルのような扱いになって違和感を覚えた、と。たとえば新幹線に乗るときもわざわざ一般の人をわざわざ避けるように乗りこまなくてはいけなくなった、などのことですね。

 

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実際そうだと思うんですよ。お客さんが増えてくるとやっぱりいろんなことが変わってくるかなと。

ロフト時代のライブハウス時代のライブなんか見てるとわかるんですけど、こじんまりとしたところでライブしてるとパーティーになります。バンドもお客さんも一体となって楽しんでるっていう感じなんですよね。

だから客は布袋さんだけを見るとか氷室さんだけを見てるとかそんな感じでもないわけです。もうみんなで喜んで盛り上がってるって感じなわけですよね。ですけどそれがお客さんが多くなってだんだん規模が大きくなってくると・・・

まずステージと客席の距離が離れるじゃないですか。

そうなってくると物理的に分かってくるわけですよ。だんだん一体感というのがなくなってくるんで、BOØWYのメンバーは、こんなことを感じ始めるわけです。

各メンバーが「あれ? 俺ってファンからミーハー的な目線で見られてたのか」とか「ファンは俺の事あんまり見てなくてあいつばっかり見られてるな」とか思い始めます。

このように、ライブハウスでやってた頃とはなんとなく勝手が変わってきたってことですね。もちろん、「売上」という意味では順調に行ってるわけですけど・・・なんか自分たちのやってる実感としてはちょっと違和感が増えてきたっていうことですね。

でも・・・

よく考えたら、お客さんが増えてきてお客さんの雰囲気が変わっても、解散しないバンドはたくさん、ありますよね?ではなぜ、BOØWYは解散したのでしょうか。それは・・・

 

布袋さんがもともと、「早めに解散しよう」ということをメンバーに言っていたからです。そうなってくると各メンバーの中に、何かあるたびにそのことが頭をよぎるわけですね。

「そういえば、布袋が言ってたな。”早めに解散しよう”と。」

みたいにね。もちろん、最初は「ちょっと頭をよぎる」だけです。でも、お客さんが増えてきて客席の雰囲気が変わり、バンドのメンバーの人間関係も微妙になってくると、「ちょっと」どころではなくなってくるんですね。

だんだん、布袋さんの「早めに解散しよう」という言葉が各メンバーの頭の中で大きくなっていったわけです。で、最終的にはもう「もう、解散は既定路線だろ」みたいな空気になっていった、と。こういうことだったのでしょう。

だから・・・もし、布袋さんが「早めに解散しよう」なんてことを言っていなかったら、本当にここまで早く解散ということにはならなかったんじゃないかなと、僕は思います。

 

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では、布袋さんはいったい、いつ、「早めに解散しよう」なんて言ったんでしょうか。それは・・・3枚目のアルバム「BOØWY」が発売された直後の、1985年9月です。

当時、ツアー中で、長野県のホテルいました。そのときに布袋さんが言ったんですね。

「このシステムに乗ってあと1、2年はバンドをやり続けるだろうけど、それぞれが自分自身のことを考えながら、やがて一本立ちできるような方向へ進んだほうがいいんじゃないかな?」
そう布袋は言い放った。

(高橋まこと「スネア」から引用)

でも、その時は各メンバーはふーんて感じで、あまり真面目に聞いていなかったようですね。ただ、人間って、やっぱり言葉に影響を受ける生き物ですから・・・バンドで何か問題が起こるたびに、だんだんその思いは大きくなっていくわけですね。

「布袋の言ったとおり、やっぱり解散するべきなのかな」と。

で、最終的には「本当に解散する」ということになってしまったんだと思います。その引き金となったのが冒頭に言った2つの件だったわけですね。

とはいえ、そもそも論を言っちゃうと・・・布袋さんは「いずれは独立していこう」という志向があったわけですから、BOØWYは最終的に解散する運命にあったと思います。

そう考えてみた場合・・・多分ですけど、氷室さんは「BOØWY愛」がすごく強かったんだと思います。もちろん布袋さんも強いわけですけど、それ以上に氷室さんはその思いが強かったんじゃないかなと僕は思っています。

その証拠に、氷室さんは解散に最後まで納得しませんでした。そして、いまだに意地を張っているところも、BOØWY愛の裏返しだと僕は見ています。意地を張っているというのは・・・

布袋さんは松井さんや高橋さんとよくセッションしています。高橋まことさんとは、東日本大震災の時チャリティーライブを一緒にやりましたね。つまり、布袋さんは松井さんや高橋さんとはいまだに音楽をやってるわけですですけど、氷室さんとはやってないですよね。

でも、布袋さんは氷室さんに呼びかけてはいるんです。特に東日本大震災の時は「一緒にやろうじゃないか」というニュアンスの声明を出してますよね。ですけど氷室さんはそれに対してOKしなかったのです。

だから、氷室さんは意地を張ってるように見えます。それは、BOØWY愛がが強かったがゆえに、それを消されてしまった反動の心なんじゃないかな、と僕は思っています。

 

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まあ、布袋さんもBOØWY時代は若くて「なんとか独立したい」という思いはあったでしょう。BOØWY以外の事もやりたいと思いもあったと思います。

もちろんBOØWY愛もあるんだけど、それ以外の事も色々やってみたいって思いが強かった。それが抑えきれなかったっていう思い。それはあったと思いますね。

その思いが強かったがゆえに解散という形になってしまったわけですけど、氷室さんはあくまでBOØWYとしてずっとやって来たかったわけですからね。その辺のどうなんでしょうかね。若さゆえのちょっと残念な結果って感じでしょうかね。

ですけど・・・

「和解」っていう瞬間が訪れてくれると嬉しいなと、一ファンとしては思いますけどね。「1日限り」でも集まって演奏してる姿を、見てみたいかなと思います。

以上、天野カズからの、あなたへのアウトプットでした。いつも僕のYouTubeトークを聴いていただき、そしてこのブログに訪れていただき、本当にありがとうございます!

 

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