屁理屈・詭弁・強弁・デタラメなどの言葉で片づけるのはよくない風潮だと思う

屁理屈・詭弁・強弁・デタラメなどの言葉で片づけるのはよくない風潮だと思う

 

天野です。

YouTubeにて屁理屈・詭弁・強弁・デタラメなどの言葉で片づけるのはよくない風潮だと思うというタイトルでトークしました。ここでは、その概要を書きますね。

 

私のYouTubeトークは、よく「屁理屈」「詭弁」と書かれる

 

私のYouTubeトークは、よくコメントで「屁理屈、詭弁、強弁、デタラメ」と書かれます。便宜上、ここでは、「屁理屈」に絞って話を進めていきます。

屁理屈の正しい意味は、理屈が通っていないことを、無理やりにこじつけることですよね?よく、「言い訳」に使われます。そういう場合は、たしかに屁理屈でしょう。

しかし、私自身は、自分が言っていることが屁理屈とは全く思っていません。無理やりに何かをこじつけている感覚もなく、普段、考えていることを、素直にそのまま話しているだけです。

 

幼少の頃から、「考えが変わってる」と言われ続けてきた

 

ただ、私の考え方は「変わっている」ことはたしかでしょう。それは、幼少の頃から言われてきました。それだけでなく、約10年前に、正式なIQテスト(WAIS-4)を受けたことがありますが、そのときも、「少し変わった考えをする傾向がある」という結果が出ました。

 

変わった考えをすること自体には、良い悪いはない

 

もちろん、「変わった考え方をする」こと自体は、良い悪いは関係ありません。単に、「そういう傾向がある」というだけです。

  

世間一般の考えが、「屁理屈」かもしれない

 

むしろ、世間一般で常識と言われていることの方が、間違っていることがしばしばあります。そういう場合は、確実に「変わった考え」を聞くべきですよね。

なので、単に「変わった考え」というだけで、それを「屁理屈だ」と言って切り捨てるべきではないのです。

今回のお話は、私のYouTubeトークにてもう少し詳しく話しています。ぜひ、そちらも聴いていただけたら、と思います。

以上、天野でした。