YouTubeコメントをブロックしまくる平塚正幸氏・はぐれ哲学者氏の方針について

 

YouTubeにてアファメーション配信をしている「天野のメモ」です。

平塚正幸さんやはぐれ哲学者さんは、YouTubeの「コメント欄・チャット欄でブロックしまっている」ということでよく批判されます。

私も、以前は彼らのそういうスタイルには反対でした。

ただ、今は考えが変わりました。むしろ、「中途半端にアンチコメントを残す人より、きれいさっぱり全てブロックしている人の方が信用できる」とすら考えています。

★ ★ ★

さて、ここで、冷静になって考えてみましょう。

「中途半端にアンチコメントを残す」ということは、言い方を変えたら「印象操作している」ということになりますよね?

一方、「アンチコメントを全て消している人」は、最初から「このYouTuberはアンチコメントを消しているんだ」という視点で見ることができます。なので、むしろ見ている方にとっては「わかりやすい」と言えませんか?

★ ★ ★

リスナーさんはYouTubeのコメント欄を見るとき、「コメント欄というものは、YouTube配信者が都合よく選別しているものだ」と頭ではわかっています。

しかし、実際にコメント欄を見るときは、そのコメント欄全体から感じ取れる雰囲気をそのまま受け取ってしまうものです。

たとえば、コメント欄全体が「消費税はさらに上げなければならない」という雰囲気だったら、「ああ、ここのリスナーの多くはそう考えているんだ」と受け止めますよね?

でも、実は削除・ブロックされてしまった意見もたくさんあるのです。それがコメントを見ているリスナーさんには感じ取れないんですよね。

★ ★ ★

しかし、平塚正幸さんやはぐれ哲学者さんのように「アンチコメントは全てブロックする」というスタイルだったらどうでしょうか?

見ているリスナーさんは、「ああ、このYouTube配信者はアンチコメントを全部ブロックする人だからな。どうせコメント欄は賛同者でいっぱいなんだろう」

という視点で見ることができますよね?

★ ★ ★

私は思います。

「アンチコメントは、ある程度残しますよ。両論併記を心がけます」

と言っているYouTube配信者の方こそ、警戒して見るべきだ、と。なぜなら、「ある程度残す」というやり方だと、どうしても偏向してしまうからです。

もちろん、そのYouTube配信者は「正しい基準でコメントを選別している」と自分では思い込んでいるでしょう。でも、それはどこまで言っても「主観での選別」でしかないのです。

★ ★ ★

実際、私は以前は、「両論併記が大事」だと思い、アンチコメントも「ある程度」残していました。もちろん、私の中では、「正しい選別」をしているつもりでした。

しかし、どんなに「正しく選別している」つもりでも、どうしても「主観での選別」になってしまうんですね。

それに気づいてからは、私のチャンネルは、「アンチコメントは、基本、全て削除」という方針にしています。

その方が、リスナーさんにとってはわかりやすいので、むしろ「誠実な運営方法」だと思っています。

★ ★ ★

もちろん、YouTube配信者の中には、「アンチコメントも含め、全て残す」と宣言している人はいます。N国・平塚界隈で言うと、「N平党」さんや「失敗小僧」さんですね。

そういう方々のコメント欄は、疑う必要は全くありません。

ただし、それ以外のYouTube配信者は、「アンチコメントを適度に消している」と思ってください。なので、コメント欄を見るときは、そのコメント欄の雰囲気をそのまま受け取らず、自分の頭で考えるようにしましょう。

 

<最後に追記>

なお、大多数のYouTuberは、「ブロック・削除」は行っています。これは運営上、仕方のないことです。なので、そういう理由でそのYouTuberを批判することはナンセンスです。

 

ブロガーyoutuber : 天野のメモより  →TOP