清水有高氏が失敗した最大の理由とは?

天野です。

スタッフにパワハラをした疑惑で叩かれている清水有高氏について、いくつか記事を書かせていただいています。

 

僕のスタンスは、「清水氏は批判されるべきだが、叩きすぎはよくない」

 

僕のスタンスは、「清水有高氏は批判されるべき存在だが、かといって、叩きすぎはよくない」です。現状、清水有高氏は、パワハラ以外のあらゆる部分をあらさがしされ、人格まで否定されている状況です。これは、長い目で見れば日本経済にとって大きな打撃となります。

ミスをすれば二度と這い上がれないのが日本という国です。その状況を少しでも変えなければならないのに、今の状況は、まさにその「悪しき日本の文化」を地でいってしまっています。

清水有高氏批判は、「批判されるべきこと」一点のみにとどめ、それ以外はノータッチでいることが、めぐりめぐって日本の風通しがよくなることにつながります。そうなれば、多くの人に幸福がもたらされるでしょう。

 

清水有高氏がおかした最大の失敗とは?

 

さて、今回は、そもそも、なぜ清水有高氏が失敗してしまったのか。その最大に原因について触れてみます。それは・・・

「有名になったから」

です。

 

日本でビジネスをする上では、「隠れて行う」ことが鉄則

 

僕は2013年から個人でビジネスをしていますが、ビジネスをする上で僕にアドバイスをくれた人がいます。その人がよく言っていたのが、

「決して目立つな。目立てば終わりだと思え」

です。その方は不動産経営を中心にビジネスを展開している方で、僕にとってはいまだに雲の上の存在ですが、世間的には無名です。僕は、その人に言われたことがいまだに心に強く残っています。なので、僕が中心に置いているビジネスは、まさに「隠れてひっそりと」行うものです。僕の個性を強く出して、それで引っ張っていくようなものではありません。

これはこのサイトのトップページでも書いたことですが、僕はビジネスは完全に自分の個性を消して行っています。ひたすらお客さんのことだけを考えて展開しています。まあ、たしかにそれは収益を得るのに役立ってはいますが、心を満たすものではないため、だからこそ僕はこのブログを「自分メディア」として自己表現しているのです。いわば趣味です。

なので、僕はこのブログや、YouTubeで儲けようとは思っていません。まあ、「必要経費ぐらいの額」なら、もしかしたら収益化するかもしれませんが、少なくとも、大々的に稼ごうとは思っていません。

 

清水有高氏は、目立ちすぎた

 

こうして見た場合、清水有高氏はどうでしょうか。あまりにも目立ちすぎたと言えるでしょう。自分を出して出して出しまくり、強い主張を展開しました。「自分を出したこと」は多くの人を惹きつけ、一時的には稼ぐことに貢献したかもしれませんが、それは諸刃の剣でもありました。

なぜなら、いったん、失敗をしてしまうと、日本では再起不能なまでに叩かれるからです。

僕は、清水氏叩きをしている人を見ていて、その熱心さに驚きます。清水有高氏の会社は、小さな会社です。その小さな会社にここまで関心を寄せて、動画やブログをくまなくチェックし、あらゆる「細かいこと」を探して指摘しています。

 

 

 

 

世の中には、清水有高氏の会社よりももっとひどい会社はたくさんある

 

一方で、人々は清水有高氏の会社よりもっとひどいことをしている会社には、全く関心を寄せません。それはなぜでしょうか?その理由は、

「ひっそりとやっているから」

です。世の中の、「うまくやっているブラック企業」は、以下のようにやります。

――長い年月をかけて社員を囲い込み、他の会社では通用しない仕事をやらせ、適度なエサ(少額の福利厚生)を与えて依存体質を作りあげ、40代になったころに放り出す。

こんな方法ですね。じわじわとやるので、なかなかバレないのです。もちろん、そういう会社では”被害者”も出ています。しかし、会社としては、適度なエサ(少額の福利厚生)も与えているため、裁判をしても会社との因果関係はバレません。本当にうまいと思います。

 

世の中に有害な商品を堂々と売っている会社は、たくさんある

 

それだけではありません。世の中には、有害な商品を堂々と売っている企業もたくさんあります。しかし、CMで「いいイメージ」を作っているので、それは決してバレないのです。

綺麗な女優を使って、綺麗な写真を使って商品を見せれば、その商品は「良いもの」に見えます。だからみんな、何の疑問も持たずに買います。で、その商品を長年使った結果、病気になったり、ひどい場合は命を落とすこともあります。ただ、これも「じわじわと」やっているので、バレないんです。

清水有高氏の商品は、有害ではない

 

では、清水有高氏の商品はどうでしょうか?

僕はその内容は見たことがありませんが、おそらく、コーチングを主体とする内容でしょう。果たしてこれが「有害なもの」と言えるでしょうか?

「国家を転覆させる」というような思想を売っていたのなら、それは有害商品として罪に問われますが、「コーチング」は別に悪いことではありません。しかも、購入者からはクレームもほとんどないのですから、全く問題はありません。

もちろん、商売のやり方が「阿漕(あこぎ)」ではありますが、あくまで「阿漕(あこぎ)」にとどまるレベルの話であって、詐欺でもなんでもありません。

 

清水有高氏は、洗脳をしたのか?

 

清水氏批判としてよく言われるのが、「洗脳をしている」ということです。しかし、「洗脳」というのは、「良からぬ思想」を植え付けたときに指す言葉です。清水有高氏は、「国家を転覆させる」というような考えを植え付けているでしょうか?

そうではないはずです。あくまで、「自分の会社のために働け」ということで、スタッフを「教育」はしていたようですが、果たしてそれが「洗脳」と言えるかどうかは、議論が分かれるところです。

もし清水氏の行為を「洗脳」と言うのなら、世の中の会社のほとんどは、罪に問われることになってしまいます。だって、「新人研修」なんてその典型ですからね。あれは、「会社の都合のいい人間になるための教育」ですから。

 

 

 

 

世の中のほとんどの会社で行われている「悪事」には目もくれず、有名な清水有高氏に目が行ってしまう

 

このように、多くの会社が「悪事」を行っているのに対して、世の中のほどんどの人は、注目しません。

それよりは、人は「目立つ会社」の方に注目します。で、まさに清水有高氏は、その「標的」になっているわけです。

僕は、自分で商売をやっている関係上、いろんな事例を見てきています。たとえば、「洗脳」とか「詐欺」などをやっている会社なども、たくさん見てきています。というか、今、この瞬間も、堂々とインターネット上でそういうビジネスを展開している会社もあります。

ビジネスに興味のある人なら、だいたい、知っている会社です。というか、「そういうタイプ」の会社は、たくさんあります。それらの会社は、あくまで「その界隈」だけで展開しているので、大きな騒ぎにはなりません。はっきりいって、かなりクレームは多いです。ネットの掲示板を見ると、「被害者の会を作ろう!」という動きさえあるくらいです。

でも、それは世間的には大きな流れにはなりません。報道もされません。なぜなら、「ひっそりとやっているから」です。

僕は、そういう商法は、「勝ち逃げ商法」と呼んでいます。自分は表に出ずに、形だけの代表者の名前でビジネスを展開し、一気に集客する方法です。クレームがたくさん来ますが、その的になるのは「形だけの代表者」です。そして、また次に新たなビジネスを、「形だけの代表者」を立てて展開するんですね。わかる人にはわかりますよね?そう、あの人とあの人と・・・(ここでは言えませんが)

 

まともなビジネスであっても、「ひっそりと行う」ことが鉄則

 

上の段で、「勝ち逃げ商法」などという、目立たずにやる「怪しい商売」をご紹介しましたが、「目立たない」ことは、まともなビジネスであっても重要なことです。特に日本では絶対に守らなければならないことです。

もちろん、「目立った商売」をやっている人はたくさんいますが、それは諸刃の剣を使っているということもできます。メディアにしょっちゅう出演すれば、たしかに名前は売れてお金も入りますが、その分、ミスしたときの打撃は果てしないものになります。

なので、「安全にビジネスを展開したい」と思っている人は、皆さん、「ひっそりと」行っています。

 

こういう現状はおかしい

 

ただ、僕は日本のこの現状は、ダメだと思っています。たとえミスしたとしても、責任を問われるのは「ミスした部分」だけであって、会社全体をつぶすまで追い込まれる状況は、健全とはいえません。

なので、「やたらと叩きまくる」という空気は、変えていくべきだと思っています。そうすることで、確実に日本の幸福度は上がるはずです。

ぜひ、「本当に大切なもの」を見失わないために、単に目の前の「目立つ人」を叩き、再起不能になるまでつぶすということは、そろそろやめにしていただけたら、と切に願います。

以上、天野カズからの、あなたへのアウトプットでした。いつも僕のYouTubeトークを聴いていただき、そしてこのブログに訪れていただき、本当にありがとうございます。

 

3 件のコメント

  • こんにちは。
    私は清水有高氏の事は裁判が起こる前から
    知っていたのですが、清水有高氏が目立ちたがり屋なイメージは有りました。

    しかし、私個人が気になるのは清水氏は成功哲学の本を何冊も読んでいます。著者との関わりも有り、著者の言いたい事や内容もしっかり理解出来ていると感じております。
    しかし、そんな成功哲学の本を熟読し、成功する知識を持っている清水氏が何故この様な事を引き起こしてしまったのかそれが疑問です。

    成功に導く知識も有った筈でしょうが、実際にはパワハラを起こしてしまい、世間から冷たく見られるという所まで陥っています。

    何故、この様な事になってしまったのか天野さんは何か検討はつくでしょうか?

    やはり、清水氏の目立ちたいという欲が全てを悪い方向に持っていってしまったのでしょうか?

    • まず、「目立ちたがり」ということはパワハラと関係ないのでここではコメントは避けます。さて、パワハラをしてしまった理由ですが、「そんなつもりじゃなかった」という一言に集約されるでしょう。
      人はみな、自分が思っている以上に鈍感です。自分がされたら傷つくことであっても、他人に対してする場合は「たいしたことない」と思ってしまうのです。僕も過去に失敗したことがあるからよくわかります。僕の場合は、後輩に言った言葉が、結果的に、「いじめ」レベルになっていたことに気づきませんでした。僕の中で今でもトラウマになっている出来事です。
      ネットのいろんな書き込みを見てみてください。ひどい言葉がたくさん並んでいます。本人たちは、軽い気持ちでしょう。で、清水有高氏も、おそらくそうだったんだろうと思います。これくらいいいだろう、と。言われた方がどんなに傷つくか、全くわかっていなかったと思います。今、清水有高氏を「連続〇人犯と同じ」とか「悪徳経営者」とか「サイコパス」とか書いている人たちは、清水氏の気持ちがよくわかると思いますよ。「清水氏に対してならば、これくらい言っても問題ないだろう」と思って書いているわけですから。まさに清水氏がスタッフに対して持っていた気持ちと同じです。
      なので、小難しく考えることはありません。ツイッターやブログ等を見ると清水氏の人間性を考察するなどして、小難しく考えている人がたくさんいますが、そんな必要はありません。なぜなら、清水氏を罵倒する書き込みをするときの「そういうつもりじゃなかった」感、それこそがまさに、清水氏と同じ気持ちなんですから。今、清水氏に裁判を起こされようとしている人もますが、その人も、「そういうつもりじゃなかった」ということでしょう。まさか裁判を起こされるとは考えていなかったようなので。その「まさか」の気持ちこそが、「そういうつもりじゃなかった」感をよく表しています。もし僕が清水有高氏が今、言われているような罵詈雑言を言われたら、おそらく相当なショックを受けるでしょう。でも、人に言うのは平気です。とはいえ、過去に僕は後輩のことで失敗していますので、言う直前で止めることにしています。「自分は鈍感だ」と思うくらいがちょうどいいです。

      • 返信有り難うございます。

        天野さんの言う通り、清水氏の事を悪く言ってる人達も軽い気持ちで言ってるのでしょう。しかし、私としてはそういう軽い気持ちで発した悪口を観ると嫌な気持ちになります。

        しかし、もしかしたら自分も軽い気持ちで発した言葉が誰かを傷付けている可能性も有るかなと思いました。
        もう少し自分の視野を広げて、第三の目線から
        自分の行いを見直してみようかなと思います。
        こういう自分も、他人に悪口を言っているつもりは一切ございませんが、自分の鈍感さで誰かが傷付いた後では遅いと感じましたので。

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