とまべっちーさんが、清水有高氏やワタミと同じことをしている件

清水有高さん(ビハイア)の件に思う【やや擁護よりです。ファンでも信者でもない一般人の立場から。批判が度を越して叩くのはよくない】

 

■参考記事
清水有高さんの騒動に思う(叩きすぎはよくない)

 

天野です。本日のアウトプットです。

とまべっちーさんというブロガーさんがいます。プロの家庭教師をされている方です。

もともとは会社員だったとのことですが、そこでパワハラを受け、会社という組織に疑問を感じ、独立することを選んだ方です。なので、とまべっちーさんは、「パワハラ」とか「会社組織」といったことに反感を持っておられます。

もちろん、パワハラや会社組織に反感を持つのは自然なことです。しかし、僕がとまべっちーさんのブログを読んでいておかしいと思うのは、「なぜ、他人の問題にそこまで首を突っ込むんだろう?」ということです。

 

とまべっちーさんは、清水有高氏の会社が倒産することを望んで、叩いている

 

とまべっちーさんは、ご自身のブログでいろいろな会社、人を批判されています。特に、「一月万冊」の清水有高氏への批判は強烈です。

 

清水有高氏とは?

ちなみに清水有高氏は、ご自身の会社「ビ・ハイア」のスタッフをパワハラして、取り返しのつかない事態に追い込んだことでニュースで大きく報道された人です。

清水氏は、自己啓発系のYouTube動画を配信していて多くのファンがいました。ファンというより、もはや信者といっていいほど、清水氏は尊敬されていました。

で、まるで聖人君子のように見える清水有高氏が、実はパワハラをしていたということで、裏切られたと感じるファンが多数いたのです。そして、ネット上で叩かれました。その急先鋒がブロガーのとまべっちーさんというわけです。

 

~~【補足】~~
なお、清水有高氏が部下に対していかにひどいことをしたかは、ここには書きません。このブログは軽めの読み物として楽しんでいただいていますので、読者の方々にショックを与えたくないからです。気になる方は、検索してみてください。

 

 

とまべっちーさんは、清水有高氏のパワハラの被害者ではない

 

で、とまべっちーさんはその清水氏を徹底的に叩き、清水さんの会社「ビ・ハイア」がつぶれるまで追い込もうとしているのです。

で、僕がわからないのが、まさにここなんです。

というのも、とまべっちーさんは清水有高氏のパワハラを受けた被害者ではありません。なのに、なぜそこまでこだわって清水氏を徹底的に叩くのでしょうか?

叩くならば、とまべっちーさんをかつてパワハラした会社でしょう。それならわかるのですが、なぜ、関係ない清水有高氏を叩くのか。そこがわからないのです。

とまべっちーさんはもともと、清水有高氏の動画を興味深く見ていたようですが、信者というほどのめりこんでいたわけでもないようです。元・信者なら、清水氏を叩きたくなるのはまだ理解はできるのですが・・・

 

 

かつての、「ワタミ騒動」のときも僕は同じことを感じた

 

とまべっちーさんが清水有高氏を叩くのを見て、僕はかつてのワタミ騒動を思い出しました。

大手の居酒屋チェーン店であるワタミは、従業員をパワハラして取返しのつかない事態に追い込んだとして、世間から叩かれました。僕は、このときものすごく違和感を覚えました。

なぜかというと、叩いていた人のほとんどは、ワタミにパワハラされた人でもなければ、ワタミを普段から利用している客でもなかったからです。つまり、ワタミとは全く無関係な人が、ワタミを叩いていたのです。

もちろん、ブログの記事として取り上げるくらいなら、問題ありません。現に、僕も今、僕とは接点のない人であるとまべっちーさんを批判しています。これは、「よくあること」の範囲内です。

しかし、中にはその範囲を超えて徹底的に叩く人がいます。これが、僕にはわからないんです。

 

清水有高氏や、ワタミの社員が、なぜ部下を圧迫したか

 

ここでぜひ、皆さんに考えてほしいことがあります。それは、そもそも、なぜ清水有高氏や、ワタミの社員が、部下を圧迫したか、ということです。もちろん、原因はいろいろあるでしょうが、僕がここで問いたいのは、「そもそも論」です。

なぜ、清水有高氏やワタミの社員が、部下を圧迫したか。その「そもそも論」とは・・・

「日本には、人を圧迫してもいい空気があるから」

です。

 

 

 

 

主要国で、「圧迫する」「叩く」ことがOKだとされているのは日本、韓国、インド、イタリア、スペインくらい

 

世界の先進国では、自分と無関係ない人・会社を圧迫するようなことはあまりありません。それは、「ハラスメント」という言葉があることからもわかります。つまり、そういう言葉があること自体が、普通は人を圧迫したりしないことの証明でもあります。

また、日本のテレビのワイドショーは人を叩くネタが大盛り上がりです。しかし、主要な先進国ではワイドショーのような番組はありません。

多くの国に居住した経験のある谷本真由美氏の著書「不寛容社会」によれば・・・

昼間に他人を叩くネタを延々とテレビで流しているのは日本ぐらいだそうです。欧米では、主婦の生活ネタや、こずかい稼ぎの話題、ナメクジの撃退法など、実益のあるネタが放映されます。

もしくはドラマの再放送など、「エンタメとして楽しめるもの」を放映しています。

 

海外の「パパラッチ」はどうなのよ?

 

ただ、ここで、こんな反論があるでしょう。「海外にはゴシップ誌があり、パパラッチが暗躍しているじゃないか」と。

しかし、それは日本流の「叩き」とは違います。あくまでセレブの休日を徹底的に追い、どこでどんな服を着て、どんなバカンスを楽しんでいるかを、「エンタメ」として楽しむものです。日本のように、「叩く」ためではありません。

他人を叩くのが好きなのは、谷本さんによると日本、インド、欧米ではイタリア、スペインくらいだそうです。あと、僕の経験則から言えば、韓国、中国も人を叩くのが好きですね。その中でも特に日本と韓国は「叩きの文化」が度を越していると感じます。

 

清水有高氏、ワタミの社員が部下をパワハラした根本的な理由は、「日本には人を圧迫してもOK」な文化があるから

 

ここで話を清水有高氏、ワタミに戻します。

清水有高氏や、ワタミの社員が部下を圧迫したのは、まさに日本に「叩いてもOKな文化」があるからなのです。たとえば社長や会社の意向に沿わないものは、叩いてもそれが正義だとすら思われることがありますよね。

それはまさに、社会全体が、特定の人を叩くのと同じ構図です。社会の意にそわない人間を叩くことが、場合によっては正義とすら思われるわけですね。

 

とまべっちーさんも、結局は清水有高氏やワタミと同じことをしている

 

そう考えると、とまべっちーさんは、まさに清水有高氏やワタミと同じことをしているわけです。つまり、清水有高という、とまべっちーさんと何の接点もない人を、徹底的に叩いて、清水氏の会社をつぶそうとしているわけですね。

もちろん、当事者だった場合は別ですよ。欧米だって、当事者同士ならば、徹底的に争います。特に、アメリカは訴訟大国で有名ですね。

でも、そんなアメリカでも自分と利害関係のない人に関しては、ノータッチです。だからこそ、個人の権利が尊重される社会が形成されています。そうなると、当然、会社側としても、一人の個人を圧迫することはできないので、パワハラも少ないのです。

 

 

 

日本は、個人を尊重しないから、パワハラが起こりやすい

 

しかし、日本はそういう社会ではありません。個人を尊重しません。で、とまべっちーさんは、思いっきりその空気に染まってしまっているわけです。

つまり、とまべっちーさんご自身がかつて会社でパワハラされたそもそもの原因は「日本人に叩きの文化があるから」です。で、とまべっちーさんはその「叩きの文化」に染まった行動を、とまべっちーさんご自身が実際にやってしまっているわけです。

だって、考えてみてください。

自分と関係ない会社を、「つぶれるまで徹底的に叩く」という主旨のことを堂々と宣言しているんですよ?まさに「叩きの文化」に染まった行動だというしかないでしょう。

なので、とまべっちーさんがもし本当に日本からパワハラをなくしたいと願っているのならば、するべきことは関係ない人を叩くことではありません。

かつてご自身をパワハラした人間だけをターゲットにして叩き、その他の人に関してはノータッチでいる姿勢こそが、めぐりめぐって、日本からパワハラがなくなることにつながります。

なぜならは、そうした雰囲気が日本全体に浸透すれば、個人の権利が尊重される社会になるからです。

 

ブログで少し批判する程度ならかまわない

 

ただ、どうしても物申したい場合は、ブログで少し清水有高氏を批判するくらいなら社会に悪影響はないでしょう。なので、「叩く」のではなく、あくまで「節度をもって批判する」程度にとどめるべきです。

 

とまべっちーさんは、なぜ清水有高氏を叩いているのか?

 

とまべっちーさんが清水有高氏を叩く理由は、冒頭で書いたとおり、僕にはわかりません。自分と利害関係のない人を攻撃するのにエネルギーを割くのは、僕には「もったいない」と思えてくるからです。

たしかに、清水有高氏は部下にひどいことをしました。もし、僕や僕の家族が被害を受けたなら、徹底的に戦うでしょう。

でも、清水有高氏がどんなにひどいことをしたとしても、それは僕や僕の家族には無関係です。なので、そこにエネルギーを割くことは僕にはムダに思えてきます。僕には自分の仕事があり、私生活があります。それだけで手いっぱいですから。

では、なぜとまべっちーさんはご自身に無関係な清水有高氏を徹底的に叩くのでしょうか。これは、あくまで僕の憶測ですが・・・

「代理戦争」だと思います。

 

「叩く」のは、代理戦争である

 

つまり、とまべっちーさんは、かつてご自身をパワハラした人に、直接、抗議することができませんでした。ただ黙って退社するしかなかったわけです。なので、そのときの悔しさを、清水有高氏を攻撃することによって、晴らそうと考えているのではないか、と僕は推察するのです。

もちろん、これはあくまで僕の推察です。ご本人に聞いたわけではありません。

でも、とまべっちーさんがそうでなかったとしても、いわゆる「自分と関係ない人を叩く人」の心理の奥底を見てみると、「代理戦争」に行きつく場合が多いのではないか、と思います。

繰り返しますが、とまべっちーさんがそうだと決めつけているわけではありません。代理戦争ではなく、「純粋な正義感」から清水有高氏を叩いているのかもしれません。

ただ・・・

その心理は、僕にはわからないのです。「純粋な正義感」は、僕も持っていますが、だからといって無関係な人を叩くまでエネルギーを割くか、というと、そういうわけではありません。

しかし、「代理戦争」ということなら、僕にもよくわかるのです。過去、思い返せば、自分に危害を加えた人によく似た人を、嫌いになったことは多々あります。で、実際にそういう人と口論になったこともあります。

しかし・・・

やはり、多くの人がこういうマインドでいるかぎり、日本にはいつまでたっても個人が尊重される時代は来ないでしょう。「こういうマインド」とは、「自分に関係ある人には何も言わず、その代理として別の人を批判するマインド」です。

 

とまべっちーさんは、「匿名での批判」を支持している

 

とまべっちーさんは、「匿名で批判すること」を支持しています。これは、清水有高氏が、「批判するなら、匿名じゃなくて、名を名乗れ」と主張していることに反論して言っていたことです。

これは、裏を返せば、「名前を名乗ったら、意見を言えない」ということになります。つまり、「直接の被害者としては、相手には何も言えない」ということになります。誤解してほしくないのですが、これは、とまべっちーさんが弱気だったとか、そういう話ではありません。日本全体の問題です。

つまり、「相手に直接、物を言えない」のは、日本の悪しき現状なのです。

 

 

 

日本からパワハラをなくすには、「直接、物申す」文化を作らなくてはならない

 

なので、結局、日本からパワハラをなくすには、「直接、物申す」ことが当たり前にできる社会にならなくてはなりません。つまり、職場でひどいことを言われたら、たとえ上司だろうと、即、抗議できる社会です。

部活でも同様です。理不尽ないじめ、体罰をしてくる先輩がいたら、決して許さずに、その場で抗議できる社会であるべきです。

では、そういう社会を作るには、いったいどうすればいいのでしょうか?

 

「直接、相手に抗議できる社会」を作るためには?

 

「直接、相手に抗議できる社会」を作るために必要なこと。それは、一人ひとりが、勇気を出して物申すしかありません。決して、代理戦争に逃げないことです。

今は、代理戦争をする人が多くいます。つまり、自分が物を言えなかったかわりに、同じようなひどいことをした「自分とは無関係な人」を叩くわけです。

で、問題なのは、それで社会が成立してしまっていることです。

「成立」とは・・・

本人の気持ちがそれで晴れるし、社会の方もそれを認めているということです。つまり、「人を叩くこと」が公認されている、ということです。

これでは、いつまで経っても、「直接、物申せる」社会はできあがりません。なので、パワハラもなくならないわけです。

 

まとめ

 

いかがだったでしょうか?

今回は、あえてとまべっちーさん批判ということで書かせていただきましたが、何も僕は、これはとまべっちーさんだけの問題だと思っているわけではありません。多くの日本人が持ってしまっているマインドだと思っています。

なので、もし、これを読んでいるあなたが、「自分にも当てはまる」と感じたなら、ぜひ、考え直していただけたら、と思います。そして、物申すときは、直接、相手にしっかりと言っていきましょう。その一方で、自分と無関係な人には、ノータッチを貫くべきです。

そういう人が増えていけば、日本からパワハラがだんだん、減っていくでしょう。

以上、天野カズからの、あなたへのアウトプットでした。いつも僕のYouTubeトークを聴いていただき、そしてこのブログに訪れていただき、本当にありがとうございます!

 

■参考記事
清水有高さんの騒動に思う(叩きすぎはよくない)

 

23 件のコメント

  • 「なぜ叩くのか?」という部分について。時間がもったいないというならあなたがこうやって書いていることも同じことではないかという感想を持ちました。

    • ご意見ありがとうございます。そうですね。僕も時間の無駄だと思いながらこの記事を書きました。
      僕は、YouTube動画でも何度か語りましたが、日本人の「叩き」の文化にはかなり疑問を持っています。
      それがあるために僕も含めてみんな苦しい思いをしています。今回のトピックになっているとまべっちーさんが受けたパワハラも、そうした文化に基づくものです。
      僕は、過去には日本大学アメフト部の内田監督やワタミ社長を擁護するなどして「逆張り野郎」などと批判されましたが、逆張りしたいのではありません。無関係な者の「叩き」に日ごろから疑問を感じているのです。
      しかし、僕の体はひとつです。「叩きの文化」をなくすために盛大に運動をしたいという思いも少しはありますが、せいぜい、ブログで数記事、書くぐらいしかできませんし、それが自然だとも思っています。
      そう考えると、普通に「叩く」ぐらいならまだわかるのですが、会社をつぶすまでに叩こうと必死になるのは、僕にはわかりませんし、それをすればますます「叩き」の文化が浸透し、結局は全ての人が苦しくなるだけだと思っています。
      以上、ダラダラとしたご返信となりました。時間を使って当記事をお読みいただけたこと、感謝したします。

  • 「無関係の人が他人を叩くのは良くない」という主張はしても構わないと思いますが、その根拠となっている部分に事実誤認があると思うので指摘しておきます。

    >世界の国々で、「圧迫する」「叩く」ことがOKだとされているのは日本やインドくらい
    >世界の先進国では、自分と無関係ない人・会社を圧迫するようなことはあまりありません。

    これは明らかに間違っていますです。欧米でも、義憤にかられて自分と利害関係のない他人を叩いている事例はいくらでもあります。簡単に事例を出しておきます。
    1)アメリカでピザ配達員を侮辱した自動車販売会社がネットで叩かれて廃業に追い込まれた事例
    https://www.youtube.com/watch?v=Y2d2HLdBF88
    2)日本人(東洋人)を侮辱にしたという理由でボロクソに叩かれたイタリア人フェンシング選手
    https://www.huffingtonpost.com/entry/emanuele-lambertini-fencer-paralympic-racist-slant-eye-gesture_us_5c13f3b8e4b05d7e5d81d4be
    3)英国の王室バッシング
    https://www.theguardian.com/uk-news/2016/nov/08/prince-harry-lambasts-press-over-meghan-markle-coverage

    日本のワイドショーが下らないというのはその通りだと思いますが、自分と利害関係の無い他人を叩くという行為は他の先進国にでも普通にみられるものです。アメリカ人の過激な菜食主義者などは肉屋を襲撃したりレストランの営業を妨害したりします。また、欧米のマスコミが「「エンタメ」として楽しむもの」という度を超えてバッシングするのも良くある出来事です。欧州のサッカー選手への罵倒など酷いものです。

    〇〇という主張をするために「世界は違うのに、日本だけは〇〇だ。」という論法を使うのは、海外事情を余程詳しく調べた場合以外は使わない方が良いのではないでしょうか。

    • 失礼ながら、最終的に何を言いたいかがちょっと見えにくくなっています。枝葉部分を飛ばして、核心部分をお聞きしたいと思います。
      Kさん的には、現状は適正だというご認識でよろしいでしょうか?すなわち、「多くの人が清水氏の会社をつぶそうという考えのもとで叩いていること」「刑事案件でないにも関わらず、連続〇人犯と同一と書かれていること」「民事で決着がついていないにも関わらず、一方的に悪者扱いされていること」。
      それともうひとつ。清水氏が最終的にどうなることをお望みでしょうか?私がわからないのは、清水氏の会社をつぶしたとしても、清水氏はどこかに就職しなければなりません。つまり、「サイコパス」とまで言われている人がどこかの会社の就職するわけですよ。就職先で必ずや、トラブルを起こすでしょう。その就職先に対して申し訳ないという話になってしまいます。となると、最終的に望むのは、清水氏の存在がなくなることに行きついてしまうように思えます。そのあたりが不透明だと感じていますので、はっきりとした「最終目標」をお教えいただけたら、と思います。なお、これは煽りではなく、本当にわからないのでお聞きしています。

      • 天野さんへのご返信
        >Kさん的には、現状は適正だというご認識でよろしいでしょうか?
        ネット上の書き込みは、適正なものと不適正なものが混在しているという認識です。不適正な部分は改善されることが望まれます。

        >「多くの人が清水氏の会社をつぶそうという考えのもとで叩いていること」
        私にはそのようには見えません。外野が意図的に何かしなくても、勝手に潰れるんじゃないかと思っている人が多いように思います。私もその1人です。清水氏側からよほど納得のいく説明がなされない限り、あの会社の求人サービスを利用しようとする人がいるとは思えません。裁判の話を置いておいても、求人情報を無断で転載したり、取引実績を偽装しているという批判に一切答えていないのは致命的です。

        >「刑事案件でないにも関わらず、連続〇人犯と同一と書かれていること」
        現段階で重大犯罪者と同一視する書き込みは問題だと思います。他にも清水氏の外見を揶揄するような書き込みを目にすることもありますが、問題があると思います。ただし、将来的には刑事事件になる可能性があるので、その部分を論ずるのは自由だと思います。私としては、原告側の訴えが大筋で事実であれば、なんらかの動きがあってもおかしくないと考えております。

        >「民事で決着がついていないにも関わらず、一方的に悪者扱いされていること」
        係争中の問題については慎重に論じるべきだと思います。ただ、裁判の決着がつくまで事件は論評してはいけない、というようなルールは一般人にはありません(マスコミの一部にはあるでしょうが)。原則として、名誉毀損等に当たらない限り、言論の自由の範囲内で論評して良いはずです。
        原告(元従業員側)の訴えに真実味を感じた人が被告を批判するのは自然なことですし、逆の人がいても自然なことだと思います。どちらかに偏っているとするならば、双方が出している情報に優劣があるということなのでしょう。であれば、現状で一方的に悪者扱いされていたとしても、今の段階ではある程度仕方ないと思います。清水氏側が世間のイメージ改善を図りたいのならば、裁判を待つまでもなく、記者会見やライブ動画配信などで事実無根と主張する理由を出来る限り説明すれば良いのではないでしょうか。大逆転のチャンスは清水氏自身が握っていると思います。逮捕・勾留されているわけではないので、自分自身で説明する機会を作ることが出来るはずです。

        >「最終目標」
        最終目標というほど大げさなものではなりませんが、私個人の目的は「事件が起きた背景を理解すること」です。また、この事件に関して望むことは「1) まず、裁判等の場で真相が明らかになること。2) 次に、(職場が原因で起きた事件ということになれば)被害者が少しでも救済されること。3) 最後に、今後同様の事件が起きることを防ぐこと」です。

        >清水氏が最終的にどうなることをお望みでしょうか?
        私自身は特に何もありません。もし清水氏の主張通り、清水氏が被害者であるなら、少しでも救われてほしいと思います。
        なお、天野さんが後半で書いている文章は、私には全体の趣旨がよく分かりませんでした。「a) 就職先でトラブル → b) 就職先に対して申し訳ない(主語不明:世間が?清水氏が?) → c) 最終的に望むのは、清水氏の存在がなくなること」という議論ですが、論理的なつながりがわかりません。仮に、就職先でトラブルを起こしたとしても、清水氏か会社側が態度・状況を改めれば問題ないのではないでしょうか。また、私自身は「清水氏の存在がなくなること」など一切望んでいません。

        • なるほど。Kさんの言いたいことがだいぶわかりました。なお、「会社をつぶす」というのは、少なくとも今回のトピックであるとまべっちーさんは名言していますし、その他の書き込みでもよく書かれていることです。
          で、最後の部分、わりにくくて申し訳ありません。早い話がこういうことです。もし、清水氏がKさんの会社に就職してきたら、迷惑ですよね?ってことです。つまり、清水氏は危険人物という認識だからこそ、そういう人間が経営する会社をつぶせば社会悪がひとつなくなるだろう、ということで、みんなが「つぶそう」と言っているわけです。

          しかし、たとえつぶしたとしても、清水氏は存在していて、どこかに所属することになります。そんな危険人物を受け入れる会社の身にもなってくださいって話ですね。押し付けた会社に対して、今、清水氏を叩いている人たちは「申し訳ない」と感じるでしょう。つまり、それでは解決しないわけです。となると、最終的に清水氏が消えないことには何も解決しないことになります。

          なので、清水氏の会社をつぶすということは、最終的にはそういう結論になる可能性があるということです。清水氏も、その空気を自ら感じ取って、自らそのような選択をするかもしれません。実際、そのような結果になった人は、過去にたくさんいます。叩いている人は、それを理解していないのではないか、と個人的には思っています。

          さて、Kさんは、「就職先で清水氏が心を改めれば問題ない」ということですが、それならば、今の会社を存続させたままで、清水氏が心を改めても同じことだとうことになりませんか?清水氏にはいまだに多数のファンがいるようです。つまり、必要とされているわけです。ならば、今のままで、新たに会社を改革して再出発するのが各方面から見て一番いいのではないか、と僕は思います。むやみやたらと叩いて抹殺するのは最悪の解決法だと僕は思います。

          • 通りすがりのコメントに長々と付き合っていただいて恐縮です。

            とまべっちー氏が「潰す」と明言している箇所は検索しても見当たらなかったのですが、「清水有高の会社ビ・ハイアは倒産するのではないか」という記事でしょうか。いずれにせよ、勝手に潰れる会社なので、周りがどう反応しても殆ど大差ないというのが私の認識です。

            なぜ潰れるかといえば、パワハラ以前に会社の経営に問題があるからです。業界からの信用が大事な商売なのに、実績の虚偽記載や求人情報の無断転載などは致命的です(違うなら反論すべき)。どうやって今後の売上を立てていくのでしょうか。会社の先行きが不透明ならば、本来社長は必死になって働く必要があると思いますが、なぜ読書や動画配信などしているのでしょうか。会社の社長が、なぜ個人の銀行口座を晒してまでカンパを募る必要があるのでしょうか。本業で出来ることが無いから、他のことに逃げているように見えます。

            次に、会社が潰れたと仮定した話に移ります。清水氏が雇われ人を選ぶのか、海外にでも移住するのか、再度起業するのか、選択肢は色々あると思うので、どれを選ぶのかは分かりません。清水氏を採用する会社があったとしても、嫌なら不採用にすれば良かっただけなので、世間が「押し付けた」ことにはなりません。また、採用のメリット・デメリットは採用した会社が享受するものなので「申し訳ない」とも羨ましいとも思いません。

            「最終的に清水氏が消えないことには何も解決しない」とは思いません。「消える」という言葉が具体的に何を指すのかわかりませんが、表舞台から姿を消すという意味であれ、生命を断つという意味であれ、それは本人の人生の選択の問題だと思います。本人が言う通りに事実無根である可能性もあるので、現段階で事件の着地点を部外者が決めないほうが良いように思います。

            「今の会社を存続させたまま」というのは、極めて難しいことだと思います。私には、あの会社を復活させる方法は何も思いつきません。「いまだに多数のファンがいる」というのは、一月万冊とかいう動画配信のことでしょうか?動画配信と会社の経営とは別の話だと思います。ファンの方々が清水氏個人を支えたいと思うなら、カンパでも何でもすればいいと思います。他方、求人広告業はファンに支えられるビジネスではありませんし、機能していないように見えます。

            「今の会社を存続させたままで、清水氏が心を改めても」という話は、清水氏が「心を改める」ということが前提条件になります。今の所、清水氏は事実無根として全面的に争う様子なので「会社を存続させたまま、心を改める」という展開はどういう状況なのか想像しづらいです。原告の勝訴であれば、清水氏は改心するかもしれませんが、会社の評判は地に落ちて潰れるでしょう。他方、清水氏が勝てば、改心すべき必要は無いということになります。

            また、一部の人に必要とされているからといって、存続させるべきか否かというのは別の問題です。オウム真理教の残党は麻原彰晃を必要としていましたが、彼らのもとに麻原を戻すべきだったのでしょうか。パラパラとページを捲っているだけの速読術(https://youtu.be/yBrmYDkubhI)を見て信じてしまう人は、麻原が見せた空中浮遊を信じてしまった人と同じように見えます。

            組織や指導者に問題があれば、組織が破綻するのは仕方ないことです。原告(元従業員達)の訴えが大筋で事実であれば、このような会社は存在しないほうが良いと思います。逆に清水氏の訴え通りに事実無根であると認められれば、清水氏は前を向いて人生を歩めば良いと思います。

            • とまべっちー氏は「清水氏の会社がつぶれたら祝杯をあげる」的なことを書いています。清水氏を叩いている人の多くはそういう精神性を持って書き込んでいます。さて、清水氏の会社の経営状況に問題があったとのことですが、それは僕も同意です。しかし、それはパワハラとは関係のないことです。清水氏の速読がウソかどうかについても本件とは全く関係ありません。それを信じたとしてファンの勝手です。たとえばメンタリストDaigo氏は手品であることが一部で暴露されていますが、Daigo氏の読心術を信じるかどうかはその人の勝手です。争点とは関係ないことを麻原と並べて論ずるのはあまりに印象操作の度合いがひどいと感じます。そもそも清水氏は民事で争っているのです。麻原とは全く違います。

              明治大学の名物監督に島岡吉郎という人物がいます。彼は部員にトイレをナメさせたり、試合に負けたエースを懲罰として雨の中のグラウンドで一睡もさせずに正座させ、しかも次の日にも投げさせたりしています。しかし、島岡氏は非常に尊敬されています。清水氏にもそういう要素があったかもしれません。スタッフへの愛情が暴走したものかもしれません。もちろん、単に使い倒そうと思っていたかもしれません。もしくは、その両方の思いが混ざっていたかもしれません。それはまだ決着がついていないのです。まさに当事者同士で争おうとしている前に、関係ないこと(経営方針など)を持ちだしたり、麻原と並べたりすることは「いじめ」と僕は感じます。この記事で言いたかったのはそこです。いじめ・パワハラを憎むなら、いじめをしてはいけないのです。今はみんなカッとなっているのでわからないかもしれませんが、年月を経て冷静になればこの矛盾がわかるでしょう。過去、「叩かれた」人もそうでした。しかし、今の段階でこの矛盾に気づき、叩きをやめることが大事です。

              • とまべっちー氏のブログ全体を「祝杯」で検索してもヒットしませんでした。該当の記事が分かればもう少し具体的に返答できるかもしれないのですが、詳細が分からずすみません。いずれにせよ、私の理解では、潰そうと思っている人がいたとしても大した問題ではないと思います。逆に、経営状態を改善させる方法があるなら教えてほしいぐらいです。

                清水氏の経営状態や速読が本件(パワハラ訴訟?)とは関係ないという意見ですが、私は間接的に関係あると思います。自○者が出た直接的な原因はパワハラであるものの、その環境を支える上で従業員の長時間労働に支えられた経営、コーチング、速読術、毒親理論等が複雑に絡まって起きた事件だと私は理解しています。また、清水氏の速読術はインチキなので、それ自体が批判されるべきだと思います。パワハラ訴訟は係争中の案件なので決着がつくまで部外者はある程度落ち着いて見ていたほうがいいでしょうが、係争中の案件以外で問題があるものは批判しても構いません。

                私は清水氏の速読術を強く批判します。なぜなら、現在進行系で有害だからです。効用のない健康食品を売りつけている人と同様で、信じている人たちには夢を与えているのかもしれません。しかし、インチキ業者に対しては批判すべきです。詳細を書くと超長文になるので省略します。

                恥ずかしながら、メンタリストDaigo氏というのは勉強不足で知らないのでよく分かりません。Daigo氏の読心術(?)がエンターテイメントの範囲内なら、さほど問題はないのでしょう。スプーン曲げと同類で、それで人生の道を踏み外す人ような人がでないのであれば。

                明治大学の島岡という人も知らなかったのですが、尊敬されている人が実際には酷いことをしていたということはありえる話なので、問題がある行為は批判すべきだと思います。他方、優れた部分があるなら、そこは認めれば良いと思います。私が清水氏を批判しているのも、問題がある行為に関してのみで、「サイコパス」とか「危険人物」などの人格否定はしていません。

                「いじめ・パワハラを憎むなら、いじめをしてはいけないのです」というのは同意です。しかし、清水氏の速読を批判することはいじめには当たりません。「いじめ」という言葉の定義で認識にズレがあるのかもしれません。「清水は悪いやつだから」という理由で侮辱的・脅迫的な言葉を浴びせかけるのはいじめだと思いますが、何が問題なのかを指摘するのはいじめにあたりません。ちなみに、麻原と並べたのは、同じようなカルト性を感じたからです。一歩引いて冷静になればインチキが見破れるのに、熱狂している人にはインチキが分からなくなってしまうという点が共通するからです。

                長々と書き連ねて来ましたが、これで最後にしたいと思います。
                勝手な訪問者の書き込みにお付き合いいただき、ありがとうございました。

    • ご指摘ありがとうございます。
      僕も、さすがに海外で人を叩くことが全くないとは思っていません。頻度の問題だと思います。
      いろいろな説があるでしょうが、とりあえずは今回は谷本真由美さんの「不寛容社会」を参考にさせていただきました。とはいえ、谷本さんは多く著書を出されている中、どれも日本を否定的に見るクセがあるので、そういうバイアスがあるものと仮定して参照すべきだったかもしれません。

      いずれにしましても、この記事で言いたいのはそこではなく、「叩きの文化」への疑問です。
      僕がこの問題に関心を持ったのは2005年の耐震偽装問題からです。当時、ヒューザーの小嶋進社長がサイコパスだと言われていました。たしかに、あのコワモテ、国会での罵声、部下へのパワハラぶりを見ればそのように見えたかもしれません。そして叩きによって人格を否定され、黒幕だと決めつけられ、人生を破滅させられました。しかし、実際は黒幕ではなく、重箱の隅をつつくような別件で逮捕されたのみです。しかし、小嶋氏は人々の中では今でも悪人のままです。これが正しいことだと僕には思えません。このことについてはYouTubeかブログにて取りあげる予定ですので、興味がありましたらご覧いただけたら、と思います。
      お時間を使ってお読みいただき、そしてコメントをいただき、ありがとうございます。

      • 一般論として、「単なる憶測で批判してはいけない」「過度に人を罵倒してはいけない」とか「本筋と関係ない悪口を言ってはいけない(外見・容姿など)」というのは同意します。
        しかし、それならば、清水氏自身が何も関係の無いO山さんの親を動画配信で激しく罵倒したのは非常に問題があるのではないでしょうか。実際に自殺者がでた事件ですし、労務管理含めて清水氏が厳しい批判を受けるのは仕方がないことだと思います。ヒューザーの件はともかく、清水氏に関しては自殺者に同情した人が批判するのは自然なことだと思います。

        また、少なくともアメリカに関しては、程度も頻度も日本より「無関係の他人を叩く」度合いが強いと思います。ネットで叩くだけでなく、大規模な抗議運動や暴動が起きたりしますから。自分と関係なくても正義感に駆られて動くというのは、アメリカの方が傾向が強いと思います。

        アメリカでまたも警官が黒人射殺 暴動が発生、死傷者も出て非常事態を宣言
        https://www.buzzfeed.com/jp/katebubacz/15-powerful-photos-from-the-protests-in-charlotte-1
        銃乱射事件に激怒。フロリダの高校生が授業をボイコットして抗議デモ
        https://www.huffingtonpost.jp/2018/02/18/florida-2018-0218_a_23364499/

        • あくまで僕の感覚でこれが正解ではないですが、アメリカの暴動等は人種・宗教どおしの争いであり、直接、権利を奪いに行っている活動であるように思います。日本のように直接はモノが言えないから代理で誰かを叩くのとは違うような気がします。今は考えがまとまらないので、谷本氏の著書などをもう一度読んだ上で考えをまとめ、ブログかYouTubeにて発信してみるかもしれません。
          清水氏が当該の親御さんを非難したことについては、当然、許されることではありません。だからこそ、同じことをしてはいけないと僕は思います。刑事事件でさえ、全てが確定する前に犯人扱いし、人格否定することは許されません。ましてや、清水氏は民事で争っており、しかもまだ何も確定していない状態です。にもかかわらず、連続〇人犯のような言われ方をしている異常さに気づいてほしいです。今は、清水氏は何を言っても悪者に見えます。過去の他の事例を見ても、そういう時期というものはあるものです。かつての小嶋進、舛添要一、スマイリーキクチは、悪人にしか見えなかったことでしょう。まだ、刑事の案件ならわかりますが、民事案件でここまで叩けば、それはめぐりめぐってひとりひとりがいつ叩かれるかわからない社会になり、結果的にパワハラもなくならないことにつながってしまいます。なので、無関係の人を叩く前に、まずは直接的に被害を受けた人がモノ申していくことが大事だと思います。で、前述のとおり、アメリカの暴動は、まさに直接的に権利を主張しているものだと僕は思うわけです(アメリカに関しては、今のところ僕の見解です。何も調べていない状態で答えています)。

          • 天野さんの主張は主に2点に分けられると思います。
            (1) 不当な批判はしてはいけない(憶測に基づくもの、度が過ぎるもの、侮辱、脅迫等)
            この点に関しては全く同意です。メディアの一方的な社会的制裁にも問題があると思います。しかし、適切な批判は言論の自由に基づいて許容されるものです。どの程度が適切なのかは議論の余地があるでしょう。

            (2) 無関係な他人が強く批判してはいけない
            この点に関しては全く同意できません。根拠とされる日本特殊論(世界は違うのに日本だけ)についても、事実誤認があると思います。
            上ではアメリカを例に取りましたが、韓国でも航空会社の幹部(ナッツ姫)が横暴な振る舞いをしたことが強烈な社会的批判を浴びました。批判した人たちには何の見返りもありませんが、彼らなりの正義感に基づいて批判したのでしょう。繰り返しになりますが、世界中の多くの国で見られる出来事です。

            全体としては「無関係な他人が、度を超えて批判する(叩く)のは良くない」という主張なのだと思いますが、「無関係な他人が」という部分は成立しないと思います。利害関係の無い他人に援助の手を差し伸べることがあるのと同様に、利害関係の無い他人を批判することがあるのも自然な人間のあり方だと思います。

            >もし、スタッフたちが直接、清水氏にモノ申せたなら、今回のことは起きていないのです。
            >日本全体が、「直接、物申せる」社会になれば、パワハラは確実に減ります。

            パワハラ防止は社会全体が考えるべき課題だと思いますが、直接的利害の無い人間が積極的に関与するのを否定するのは同意できません。また、スタッフたちに対して、清水氏に直接反論するのを期待するのは間違っていると思います。パワハラや職場の鬱の事例を見ればわかりますが、被害者自身は思考が硬直して職場から逃げるという選択肢が無くなってしまっています。異常な振る舞いをする上司に対して、直接物申すなどリスクの高いことをする必要はありません。社内の然るべき部署に訴え出るか、それが無理なら逃げ出すだけで十分だと思います。原告の主張によれば、なにか反論すると物を壊されたり、強烈な暴言を吐かれるなど反撃を食らったそうです。当事者同士で状況を改善するのは不可能です。

            清水氏の動画にゲスト出演していた人間とかコーチなどで関与していた人々は、自分達の利益にならなかったとしても、ビハイアの労務環境を厳しく批判すべきだったでしょう。自分が被害を受けているわけでは無くても、目の前で奴隷のように働かされている人たちを見て、清水氏に環境改善を強く促すべきでした。また、従業員たちにも「こんな会社マトモじゃないから逃げたほうが良い」と言うべきでした。動画ゲストの誰か一人でもビハイアの労務環境を世間に暴露して批判していれば、自殺は防げたかもしれません。

            パワハラが行われている会社に対しては社会が強く関与べきです。被害者にはまず逃げるように伝えるのが先決だと思います。ただ単に面白がって清水氏を叩いている人は間違っていると思いますが、「無関係な他人が強く批判してはいけない」というのは全く同意できません。

          • 清水氏をおもちゃにして叩くことが、今回、犠牲になられた方への供養になるとは僕にはとても思えません。もし、スタッフたちが直接、清水氏にモノ申せたなら、今回のことは起きていないのです。日本全体が、「直接、物申せる」社会になれば、パワハラは確実に減ります。今回のことを無駄にしないためには、そのような社会を作るために少しでも前進することです。それは、決して清水氏を叩くことではないと僕は考えます。ひとりひとりが、犠牲になられた方のことをよく胸に刻んで、もし、理不尽な目に自分があったなら、そのときこそ無念を晴らせばいいのです。つまり、直接、その人にモノ申すということです。それをせずに、また無関係な人間を「叩く」ことに逃げれば、たとえその対象が清水氏であったとしても、果たして当人は嬉しい気持ちで見守るでしょうか。むしろ悲しむと僕は思います。

  • こんにちは。
    この記事の天野さんの意見に全面的に賛同したのでコメントします。
    個人的な感覚ですが、日本は批判に託つけた叩きが非常に多いと感じております。
    批判するのは自由ですが、悪口を絡めた批判(叩き)は何の意味も有りませんし、そんな他人の悪口を言う聞く価値も無いと思ってます。

    ある有名な方が仰っておられましたが、
    前科者が再犯を犯すのは前科者差別が原因と推測していました。
    周りの人の力で防ぐ事が出来るかもしれないのに、差別によってもっと状況を悪化させていると仰ってました。

    天野さんが今回の記事で書いている事はこれに近いのではないかなと思いました。

    他人を叩く事が自分にとって何の有意義を生むのか考えても何も分かりません。恐らく何も無いのだと思います。
    少しだけ優越感に浸れるという意見も有りそうですが、そんな優越感はすぐに消え去るでしょう。

    日本のこの様な風潮は人間不信や人見知りも増加させる気がします。
    先進国でありながら幸福度が低いのもその為でしょう。
    それを考えるとこの風潮はすぐにでも無くなるべきです。

    この記事で他人を叩いてる人が自分の行動を愚かだと自覚し、日本から叩きが無くなる事を望みます。

    • ご賛同いただき、ありがとうございます。一人の人間が叩かれている渦中は、本人が何を言ってもその人は悪者に見えてきます。今、清水氏を叩いている人の中にも、時間がたてば冷静な視点を持てるようになる人は多くいるだろう、と思っています。

  • > 昼間に他人を叩くネタを延々とテレビで流しているのは日本ぐらい

    アメリカに住んでたけど別に昼間に他人を叩くネタなんて普通に流れたけどね
    大体アメリカでよくやってる集団訴訟なんてまさにそれじゃん
    日本は~とか言っちゃう人ってたいてい日本以外のこと知らんね
    日本は~とか言って自分も日本に住んでるし、日本人は~とか言って自分も日本人じゃん
    集団の中で自分だけが特別だとか思ってんの?

    あと清水は腹立つ。

  • > とまべっちーさんは、「匿名で批判すること」を支持しています。これは、清水有高氏が、「批判するなら、匿名じゃなくて、名を名乗れ」と主張していることに反論して言っていたことです。
    > これは、裏を返せば、「名前を名乗ったら、意見を言えない」ということになります。

    ならない。
    名前を名乗って意見を言ってもよいし、名前を名乗らなくても意見を言ってもよい、ということになる。

    > つまり、「直接の被害者としては、相手には何も言えない」ということになります。

    「つまり」じゃないね。条件が変わってる。「直接の被害者」という限定がついてる。

    > つまり、「相手に直接、物を言えない」のは、日本の悪しき現状なのです。

    別に「言えない」わけじゃなくて、本件については清水に対する意見を発するのに自分の名前を名乗る必要がないから名乗らないだけでしょ。いちいち本名とか電話番号とか住所なり晒して意見を書くのってめんどくさくない?清水から毎日イタ電とか来たら嫌じゃない?

  • 日本は言論の自由が認めらているので、便所の落書きレベルの低次元な言論でと信憑性の高い言論が混在するのが当然です。つまり、あなたが便所の落書きレベルの低次元な言論を批判することはあなたの感想であって、便所の落書きレベルの低次元な言論を書き込みする人が清水氏を汚い言葉で批判することはその人の感想なのです。私は憂さ晴らしに叩く人に対しては”頭の悪い人なんだな。かわいそうな人だな。”って心の中で思うだけで、あえてネットや動画等で叩く人を批判しません。ってのが私の感想です。

    • 清水氏叩きをする人を頭が悪い人とか、かわいそうな人とかは思いませんし、そう書いてもいません。僕が伝えたいのはそういうこととは別の話です。なかなか伝わってなくてもどかしく思います。

      • ご返答ありがとうございます。
        言葉足らずですいませんでした。私の言いたいこと(感想)を簡単に書かせていただきます。
        言論の自由があるので批判(叩く)する権利はある。しかし、憂さ晴らしに批判(汚い言葉で叩く)することに対しては教養の乏しい人が行う行為なので、私の主観では”お前の母さんでーべーそ”って叫ぶ小学生にしか思えないので、私は”頭の悪い人なんだな。かわいそうな人だな。”って心の中で思う(私の脳内処理)だけで、私は誰かに伝えたりしないし、憂さ晴らし批判する人をネットや動画等で批判しません。
        例えば、芸能人の薬物、不倫、人身事故等の問題や、大学や企業でのパワハラ問題に対して関係のない人達がワーワー憂さ晴らし批判することは上記の通り、教養の乏しい人が行う行為なので批判するまでもありません。言論の自由があり、止めさせることはできないし、時間の無駄です。そういう憂さ晴らし批判で加害者を苦しめることを天野さんは代理戦争って言葉を使っていますが、そもそも批判する人は元野球選手、芸能人、アイドル、居酒屋チェーン店のオーナ、部活の監督のことを心の底から批判していないし、軽い気持ちで批判しているだけで、過去の自分の体験と照らし合わせてその怒りを批判に変えようが変えまいが、どうでもいいんじゃないでしょうか。天野さんは”叩いてもOKな文化”は日本とインドぐらいと書いてますが、本当ですか?そんなの世界中で叩かれてますよ。海外のパパラッチがエンタメ的だなんて聞いたことないですよ。
        憂さ晴らし批判とパワハラを一緒にするから、天野さんの言論がよくわからなくなるのです。
        英語圏で生活したことがある人や英語を真剣に勉強したことがある人ならわかると思いますが、基本的に子供だろうが、お年寄りだろうが、個人の尊重が認められており、You and I の対等な関係で成り立ってます。
        日本のように年上なら敬意を払って”さん”付け、年下なら、”君、もしくはちゃん”付けという文化・風習はないのです。そういう日本の文化・風習が根元となって、中学1年生よりも3年生の方が偉いという理由で、部活で3年生がチェリオ買って来いって言われたら、1年生はチェリオを買いに行かされるのです。これが日本独自のパワハラの根元であると私は考えます。アメリカ人から見たら”What’s??”なんです。日本のパワハラ問題を解決するには私も天野さんと同意見で個人の尊重が大事であると考えますが、文化、言語、政治、教育など多方面から変えて行く必要があるので、非常に難しいんですよね。
        天野さんや清水氏、とまべちー氏を批判する気はなく、あくまで私の感想とさせて頂きます。
        どうもありがとうございました。

        • 海外事情についてですが、今回の記事は、多くの国に居住経験のある谷本真由美さん著「不寛容社会」をソースにしています。谷本さんによると、主要国で叩きの文化があるのは日本、インド、スペイン、イタリアくらいとのことです。記事では、それにプラスして、僕の経験側から韓国も加えています。
          韓国には「川に落ちた犬は叩け」ということわざがあるそうです。弱い立場になった者は叩きやすいですからね。日本も同じじゃないでしょうか。強い者は叩かず、弱い者を叩きますね。清水氏は弱い者いじめをしました。で、それでニュースになって今度は清水氏が「弱い者」になりました。なので、その「弱い者」である清水氏を、落ちた犬を叩くようにみんなでよってたかって叩いているのが今の状況です。清水氏の行為を憎むなら、清水氏と同じことをしてはいません。
          やるなら、強い者にやってほしいです。そういう意味では立花孝志さんなど立派です。一個人がNHKという巨大な存在に対して戦っています。立花さんの批判動画は、言動が下品ですし、僕としては疑問を感じることもありますが、少なくとも弱い者いじめではありません。
          アメリカでも叩きの文化がある、というコメントもありますが、あくまで僕の肌感覚だと、アメリカで行われているのは叩きではなく、強い者に対して権利を奪っていこうとする運動のような気がします。もちろん、たとえアメリカでも弱い者いじめはあります。ネットで叩く人もいるでしょう。どこの国にだってそういう人はいますよ。ただ、日本は多すぎと感じます。

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